ちば日記

生まれも育ちも会社も千葉。生粋の千葉県民です。

HERZの定番二つ折り財布 WS-5購入を迷っている人に12年後の姿を見せる

この財布を買ってから12年が経った。その頃はナイロンの財布しか持っておらず、皮に憧れてしょっちゅう、「革財布 一生物」や「革財布 経年変化」などと検索していて、使い込まれた財布の写真など見て一人胸を熱くさせたものだ。

 

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herzのド定番二つ折り革財布 WS-5(キャメル) 2007年購入当時は9500円


その中でもよく出てきたのがherzの二つ折り財布だった。とにかく頑丈で、革の経年変化が楽しめて、一生物です、しかも安いと、その情報に心躍らせながら青山のTOM DICK&HARRYに足を運び、二つ折り財布WS-5を買ったのであった。WS-5の売り場にはスタッフが一年使ったサンプルが置いてあり、色が濃くなり艶が増したそのキャメルの財布をいつまでも撫でていたいと思った。

買ってからしばらくはもう財布を眺めてはデレデレしていた。革に詳しい友達からおでこの脂を塗るといいと言われておでこに財布をスリスリし、かすかに艶が増すとそれを飽くことなく眺めたものだ。

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かすかにHERZの文字が見える。

山に登るにも自転車で旅行するにも海外を放浪するときにもその財布はポケットの中にあった。汗や雨で革の光沢は鈍くなり、タイでカヌーに乗っていた時は海に落として塩水を吸ってぶくぶくになった。それでも干して乾かししばらく使っていると元どおりの光沢を取り戻す。

いつのまにか、財布のことは一切気にしなくなっていた。毎日毎日ただただ使い続けてたまに思い出したようにオイルを塗った。数年使った頃、眼鏡屋で会計する時に店員さんが俺の財布を見て言った。herzの財布ですよね。俺は10年使って糸切れちゃって買い直したけど、修理すれば一緒使えますよ!

使って10年が経つ頃やはり糸が切れ、もう見た目も割とみすぼらしくなっており買い替えを考えた。いろんなサイトや店を訪れ、新品の革財布を見て心を躍らせたが、実際買うには至らなかった。結局新品の財布を買っても10年後には同じようにボロボロになるのだ。それであればこの財布を労って使い続けた方がいいじゃないかと。

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大体皆買いかえなと言うが、革小物大好きな友人はオイルが足りないと言った。


糸の修理代はherzの渋谷本店で1000円足らずでやってくれた。糸が新しくなって気持ちいい。久しぶりに財布にオイルを塗ると、財布は鈍い光沢で答えた。ニヒルな財布である。

物に愛着が強すぎる人は結局物を買い換えることが多い。数々の記事を見て一体何回「一生物」を買いかえてるんだ、と思う場面は多い。気持ちはわかる。愛しすぎると、その物の不満な点や、もっといいもの、もっと「一生使えそうな物」が目に入りどうしても買い替えたくなってしまう。

一つの物を一番長く使い続けるのは物に無頓着な人だ。俺だって、毎日おでこをスリスリするほど財布を愛していたらとっくにココマイスターの「一生物」の財布(ブライドルレザー)に買い替えていたに違いない。

10年も同じ財布を愛し続けられない。でも何気なしに使っていて気づいたら10年、20年と使っている。そうやって使われ続けた物はなんでも、メーカーやブランドや価格の高低問わず美しい。

 

Kindleを2年間使ってみて、メリットとデメリットを正直にまとめる。

海外赴任の餞別に友人がkindle oasisをくれてからKindleで本を読むことが増えた。残念ながら近頃中国ではAmazonさえも規制の対象になり、VPNに繋がらないKindle端末は使用不能となったが、寧ろ日本に帰ってきてから使うことが多い。

電子書籍を毛嫌いしていた俺がkindleを2年間使って感じたメリットとデメリットを正直にまとめる。

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kindle oasis

【メリット1】どこでもすぐに本が読める

これ、電子書籍を読むまではあまり考えたことがなかったけど物凄いメリット。アプリを入れればiPhone一つで本が読める。荷物が減ることは大したメリットではない。最大のメリットは隙間時間に本が読めること。今までラーメン屋で注文してからラーメン来るまで何やってました?クソみたいなまとめブログ読んでました?Kindleアプリがあればまとめブログを開くのと同じ手間で読みかけの本を読み始められる。ちなみに端末がネットに繋がっていれば、開いた瞬間読んでる場所が同期する。

【メリット2】Kindle端末は片手で読みやすい

kindle oasisは軽い。131g。薄っぺらい文庫本くらい軽い。おまけに握り手にページ送りボタンがついていて、持ち手でページが送れる。文庫本でも慣れれば出来るが、重い文庫本を100ページもめくったら翌日手首がパンパンになります。つまり片手が自由になると言うこと。コーヒー飲みながらでも、ビール飲みながらでも、仰向けに寝っ転がりながら片手をズボンに突っ込んでてもストレスフリー本が読める。この点、本を完全に凌駕している。

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神ページ押しボタン

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薄い 軽い まるで天使の羽根


さらにkindleにはバックライトがついていて、これを完全消灯すると文庫本と一緒になり、明るくすると灯り無しで本が読める。液晶の透過光で目が疲れることもないし、灯りが無い夜でも蛍の光や仄かな雪明りを探し求める必要もない。

【メリット3】防水

風呂で読める!?kindle oasisはIP8X。ちなみにIP8とは「潜水状態での仕様に耐える」、なんだけど俺は風呂で手を滑らせて湯船にkindleドボンして以来充電が上手く出来ず1日で電池が切れる超ひ弱kindleと化した。原因の精査が必要。

【メリット4】超長生き

専用の充電カバーを装着するとマジで3カ月位充電不要。カバーは本革で高級感あり。だが湯船ドボン事件以来カバーに繋がらず、会社で働いている時はいつも家で充電コードに繋いでないと夜本が読めない。まるで日産リーフ

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本革の充電ケース 革好きなら手でナデナデすること必至

まあ、当然メリットだけでは無いわけで。

【デメリット1】読み返しにくい

kindleの読み返しにくさは半端じゃない。例えばイッポリート検事ってキャラが出てきたとして、あれ?イッポリートってどんな人だっけ?どんなこと喋ってたっけ?みたいな時、読書に慣れてる人なら文庫本の場合、10秒くらいでぱっとイッポリートが出てきた所を開ける。kindleの場合、iphoneアプリの場合は下にカーソルがあるが、これだって一回カーソル止めた所がそばにあるとそれに吸い寄せられて、行きたい所に行けない。Kindle端末の場合は延々とページ送りし続けるか、ロケーションNo.(ページ的なもの)を設定するしかない。これはマジでストレス。検索ウインドウがあるでしょ?って、本読んでる時にいちいち名称検索しないっての。イッポリート、みたいな固有名詞が明確な場合はまだいいんだけど、あの場面もう一回読みたい、みたいな漠然とした希望を満たすのに結構骨が折れる。

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太い指で下のカーソルを正確に読みたい場所に制御するのは針に糸通す位困難

【デメリット2】パラパラ読みにくい

パラパラっと好きな箇所だけ読んだり、記事を斜め読みする場合kindleではもどかし死する。ガイドブックなんかそれこそ壊滅的。行きたい所をパラパラめくって、地図を見て、みたいな使い方をしたい場合、kindleだと確実に発狂する。

【デメリット3】読み上げ機能がクソ

これはiphone限定。iphoneの機能に読み上げ機能(kindleアプリの機能ではない)ってのがあって、これをkindleに適用するわけなんだけど、いろんな情報筋で、読み上げ機能最高!これで私は読書量が三倍になりました!みたいな感じで最高の評判なので使ってみたらマジでクソだった。具○堅さんみたいな訛りの激しい女性ナレーターが物語を読み上げるんだけど、具○堅読みなだけでなく、漢字のミスも多い。意味はわかるんだけど、、、ちなみに「ガタラの豚」という小説を読み上げてもらった所、大生部教授(オオウベ)をずっとダイナマブと言ってて、即効読み上げ止めたんだけどダイナマブがずっと頭から離れなかった。あんなに面白い小説だったのに、具○堅読みとダイナマブの記憶しかない。耳から入るイメージの力は絶大。

以上、メリットとデメリットを記載したが、本が好きなら買う価値はあり。俺は2年間Kindleで充実した読書生活を送っている。ただ大好きで何度も読み返したい本や少し小難しい(何度もさかのぼる)本、手元に置いてパラパラやる本は絶対絶対絶対絶対紙の本がよい。

本がほぼ原価なのも傷。データだけなのになぜ価格が下がらないのかは永遠の疑問だが、中古で文庫本買った方が本は圧倒的に安く読める。今すぐ読みたい物や隙間時間に読みたい本だけ買うと良い。

金子眼鏡に取り憑かれて出費地獄

眼鏡をよく失くす。社会人になってから金子眼鏡というブランドの眼鏡をかけてるんだけど、三年に一回のペースで失くす。飲んで電車で寝て、フラフラになって駅に降りる。しばらく歩いていると視界がぼんやりしていることに気づく。ハッとなり顔に手をやる。おいおいまただよ。また失くなったよ。翌日から一週間くらいJRの遺失物センターから居酒屋から関係各所いたるところにイタ電レベルで電話を掛けまくるが見つかったことは一度としてない。一体どういった経緯で失くなってるんだか検討もつかない。眼鏡なんて誰もネコババしないだろうに。

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セルロイドの漆黒の艶が素晴らしい

ちなみにこれは三本目。失くす度に全く同じモデルを買い、その度に4万円位かかるんだけど、もう金子眼鏡中毒になっていてこの出費地獄から脱出できない。

学生の時はJ◯NSとかZ◯ffとかの眼鏡をしてて、それもよく失くして買い直していた。五千円くらいだったけど、それだって大きな出費である。当時からずっと思っていた。傘と眼鏡は高級品は買えないと。傘なんか電車に乗って手摺に掛けたり、居酒屋の傘立てに立てたりしたらもう確実に失くす。だから傘は余程雨脚が強くないと持ち歩かず、楽観的な予想(まあ、降らねえだろ)が外れてずぶ濡れで家に帰ることも多い。

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そんな俺がなんで金子眼鏡なんて高級品に手を出すことになったのか。店頭に展示されている眼鏡を何気なく掛けてみて心を打たれたのだ。とにかくそのフィット感は素晴らしい。まるで眼鏡が俺の顔から生えているかのようである。その時は金額を見て、高えってなり店を後にしたが、金子眼鏡は頭から離れない。よくよく考えれば眼は重要である。それを買って1ヶ月でずり落ち始める安い眼鏡を使ってないがしろにして良いのだろうか。眼鏡は身体の一部なのだ。

そんなことを自分に言い聞かせ、一週間後に店にのこのこ馳せ参じ買ってしまったのだ。金子眼鏡を。店頭で店員さんが丁寧に合わせてくれたフレームのフィット感は絶大で、これはもはや俺の眼である。

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鼻の高さ関係なくピタッとフィットする 丁寧に作り込まれた鼻当て

今まで15年間してきた眼鏡は一体なんだったんだろうと思う。俺の15年を返せと。15年前からこの眼鏡かけてたらイチローか錦織か、それか偉大なサラリーマンになってたに違いない。かけたままテニスしてもぐらつかず、スキーでこけても吹っ飛ばず、スポーツ眼鏡の必要性を感じない。

この眼鏡は今は珍しいセルロイド製で鯖江の職人が一本一本手で仕上げてるそうだ。セルロイドが顔の熱で変形して掛けるほど顔に馴染むといわれ、本当かよ、鉄心入ってんだぞ?と思ったが三年後には既に頭蓋骨と同化してたからあながちデマでもないのかもしれない。

レンズに傷がつきにくいのも魅力である。眼鏡を失くした時昔していたJ◯NSの眼鏡を掛けたんだけどレンズが傷だらけで、しかも3°位左側に傾いでいて1時間で頭が痛くなった。それに比べて金子眼鏡のレンズはまるで防弾ガラス。三年使うと流石に少し傷は入るが気になる程ではない。

ヒンジ部分も極めて頑丈である。安い眼鏡だとここの部分は数ヶ月でネジが緩んでツルがブラブラになる→精密ドライバーで締める→またブラブラになる、をひたすら繰り返すのだが、ネジの緩みは全くない。締め付け具合も絶妙で、メルセデスマイバッハの扉の様に限りなく滑らかに開閉する。

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ヒンジ部の動作は非常に滑らか

後はフレームにGPS発振機でも埋め込んでiPhoneを探す、ならぬ「金子眼鏡を探す」ができたら最高なんだけど、フレームは重くなるし、充電も面倒くさい。どうせ肝心な時に電池が切れてて結局見つけられず、余計に悔しいオチが見える。

 

 

突撃訪問 ハイアットプレイス 東京ベイ

">ハイアットに行ってきた。その名もハイアットプレイストーキョーベイ。2019年7月に千葉県の新浦安に開業したばかりの出来立てホカホカの高級ホテルである。所在は千葉県だが、東京湾に面しているのでこの名前に嘘はない。

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緊縮財政下の我々が、車で20分ほどのホテルになぜ泊まることになったのか、経緯は色々あるがここでは述べない。当日予約だったのもあり、少し割引されていた。キングサイズベッド、朝食ビュッフェ付きで23000円也。

ホテルはその名の通り東京ベイのへりにあり、新浦安駅からとんでもなく離れているので荷物の多い我々は車でホテルへ向かう。駐車料金は一泊1800円。約0.2人分。

ロビーに入ると右手にコシノジュンコ様の絵画【horizon】が、斜め右前には水垢一つ付いてない熱帯魚の水槽が。そして妖艶な女性がピアノで聴いたことのあるクラシックを弾いているではないか。ツートンカラーのロビーの女性に出迎えられ、洗練された笑顔とただならぬ雰囲気に我々は緊張して笑顔が強張り声はカラカラになった。

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海側の部屋は開放的で明るく、新築の匂いがしてシーツはパリパリであった。ホテルの部屋に入った瞬間不慣れな我々は歓声を上げそうになるが、ホテルの人が後ろで荷物を持ってくれている。オホンと咳払いをして荷物を受け取り礼を言う。はしゃいだら貧乏人だと思われるからと見栄を張って冷静な顔をしないといけないこの瞬間がいつも嫌いである。まあホテルの人は気になんかしていないんだろうけど。本当は部屋に入った瞬間ベッドにバフってやりたいのだ。

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ホテルのテレビはBSからCNNからディズニーチャンネル、それにWOWOWまで全て無料で見放題である。普段WOWOWなんて見ることのない我々下々民はベッドでゴロゴロしながらサザンのライブ特集を心ゆくまで楽しんだ。

ルーフトップバーに上がる。ルーフトップバーへはエレベーターが直通しており、ホテルの宿泊客じゃなくても自由に出入りできる地元民への親切設計。隣の大学の学生とか、たまに奮発して彼女と来ちゃったりするんだろう。そして知り合いと鉢合わせて撃沈みたいなこともあるんだろう。

昼間は海が見えて絶景だそうだが、夜はガラスの仕切り板に灯りが反射して景色はあまりよく見えない。それでも煌煌と輝く満月の下、夜風にそよそよ吹かれ右手にシャンパン持ちしたビールグラスを傾ける。これがセレブか!

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ルーフトップバー 下の灯りがガラスに反射して景色はよく見えない

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ループトップバーのメニュー表 お洒落な割に飲み物の価格は良心的 チャージも10%

部屋に戻る前にセレブらしく一階のロビーに併設されているローソンでスナック菓子と飲み物を買って部屋に戻る。

ブッフェの朝食が待っているというのに、寝る前に調子こいてハッピーターンをお腹いっぱい食べた我々下々民は翌朝起きると当然のように胃もたれしていて、余り食べられない。しかし目の前でシェフが作ってくれた芸術的なオムレツを食べて、蜂の巣から滴って来るはちみつをスプーンでこそげとって入れたカフェオレを飲んで我々は満足する。このレストランは何と宿泊客以外にも24時間開放という、渦中のセブンイレブンも真っ青の親切営業で、飲み過ぎて終電を逃してしまった若者の救いの場になるに違いない。ちなみにすぐ近くには飲み屋は見当たらない。

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最高級の江戸前鮨が食べられると噂のすし絵馬に行けなかったのが残念だが、我々は多くは求めまい。チェックアウトと共に我々はス◯ローの民に戻るのだ。滞在時間は18時間程だったがこんなにゆっくりしたもの久しぶりである。いい週末を過ごした。

 

自転車で稚内から鹿児島まで走った話

今週のお題「わたしと乗り物」

 買ったばかりの廉価版クロスバイク(GIANTのescape R3)を携えて特急「スーパー宗谷」の終点、稚内駅に降り立ったのは丁度10年前の今頃だった。大学3年の夏休み。自転車で日本を縦断するという行為に魅せられて、自転車を買い、バイトの長期休暇を申し入れてここまで来たのだ。

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当時のA5判日記帳 チケットやら何やらが無造作に挟まれたまま残っている

 何の為に?とよく聞かれたが、自分でもよくわからない。別に特段の悩みがあったわけでもない。10年経った今となってはいよいよわからない。しかし今になってもその思い出は胸を熱くし怠け切った自分を叱咤激励する。そんな思い出はそうそうある物ではない。

 スーパー宗谷の車窓から見る景色は雨に煙っていた。札幌から4時間。札幌駅のキオスクで買った小説を読みながら、そしてウトウトしながら電車に揺られ、稚内に着いた時には雨は止みうっすら晴れ間が見えていた。

 自転車を組み立て宗谷岬に向かう。とりあえず、日本最北端から本州最南端にある鹿児島県の佐多岬を目指すのだ。風に吹かれる記念碑を前に胸は高鳴る。宗谷丘陵を走り、夕暮れの誰もいないエサヌカ線を走り、日本最北の村、猿払村の道の駅に投宿する。付設の温泉に入り、キャンプ場の屋外ステージに買ったばかりの寝袋を広げ、ゴロンと横になる。見はらす限り何もないその場所で、しんとした夜の外気が時折そよぎ顔を撫でた。野宿は初めてだったが、ここまで豊かな眠りを俺は未だに知らない。

 北海道は5日で駆け抜けた。旭川美瑛富良野と降りてきて、札幌へ抜ける最後の峠では土砂降りの雨に降られた。延々に続くと思われた函館半島の海沿いの道を夕日を右手にひたすら漕ぎ、疲れ果てたらバス停で眠った。積丹の海岸に野宿した時には猛烈な蚊の大群に襲われ顔がボコボコになった。蚊よけネットは意味を成さなかった。これ以来俺は野宿をする時には両手両足の四隅に結界の様に香取線香を炊いて寝ることになる。その時の装備品には未だに香取線香の臭いが染み付いていて、その臭いを嗅ぐ度にこの自転車旅を思い出す。

 何をそんなに急いでいたのか。一日100km以上漕ぎ、地方の特産等には目もくれず、米食べ放題のチェーン店で犬の様にガツガツ飯を食べた。安い温泉に入り道の駅やバス停で眠った。優雅に観光すればよいのにと思うかも知れない。金がなかっただけではない。特に観光には興味がなかったのだ。ただ何か勲章が欲しかったのかも知れない。北海道から鹿児島まで漕いだんだぞと。やりきったんだぞと。当然そんなもの他人からすれば何の意味もない。もしかしたら、何一つ成し遂げた事の無かった自分に対してそう言ってやりたかっただけなのかも知れない。

 青函連絡鉄道に乗って青森に入り、東北地方をひたすら南下した。会津を抜け日光に入り、日光ではたまたま出会った夫婦に一夜の宿をお世話になった。小汚い、臭い俺を何のてらいもなく迎え入れてくれ、酒を振舞ってくれた温かい夜。そばの大谷川がゴウゴウ音を立てるのを聴きながら久しぶりに布団で眠った。そこへは旅行が終わった後も何度か遊びにお邪魔した。

 金精峠を抜け群馬に入る。中之条の青い夕闇の中、たった一人で自転車を漕いでいると日光での温かい夜が思い出され、ふと寂しくなる。目の前を通る電車に乗った家路に着く人々をみると家族が、恋人が頭に浮かび千葉に帰りたくなったのもこの時期である。

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 乗鞍の延々と続く上り坂を登り切り、白川郷に続く鬱蒼とした天生峠で熊に怯え、そして関ヶ原を超えた。もうその頃には変な感傷にも冒されず、疲労も覚えず一日中坦々と自転車を漕ぎ続ける体力がついていた。

 その時代、スマートフォン等持っていなかったので、地方が変わる度にその地のツーリングマップルを買った。少し漕いで現在地を確認し、道路の青い標識を見てまた自転車を漕ぐ。マップに記載されている温泉や道の駅等を見ながら、昼過ぎには今日寝る場所を決めた。夜になってから寝床を探すのは骨が折れる。蚊が湧きそうか、人の流れはどうか。そして何よりその地は安全か。それを検証するには昼間でないといけない。

 一度寝床を見つけられずに夜を迎えた事があった。途中のバス停にツーリングマップルを忘れ、俺は現在地もわからず秋田の山奥にいた。道はどんどん登り続け、日はとっぷり暮れ、真っ暗な峠道で心底心細く泣きそうになったその時、道は下りに転じ山間に灯りが見えたのだった。そこは玉川温泉郷であった。寒くて野宿も出来そうになかったのでお金を払い、湯治に来たおじいさん達と一晩だけ部屋を共にした。

 9月の暮れに最後の土地、九州に足を踏み入れた。リュックに入ったツーリングマップルは6冊を数えた。覚えているのは、九州最深部のいつ終わるともしれない狭隘な薄暗い峠道、阿蘇の絶景、そして佐多岬へとひたすら南下する海岸道路から見た夕日に染まる開聞岳である。九州の山は本当に深くそして先が見えず、鍛え上げられた太腿も悲鳴を上げた。

 そこまで来ると、流石に抜けきらない疲労が澱のように溜まっていた。そんな中大観峰阿蘇の外輪山を一望した時、その美しさを前にして心の底から湧きあがってきた歓喜の爆発は今でも忘れない。宗谷岬から3000kmはるばる自転車を漕いできた自分をこの景色がずっと待っていてくれた様な気がしたものだった。景色は心の裏返しである。あの時、車で来たってこの景色はみることはできないだろうと思ったが、その思いは今でも変わらない。

 旅行の最中ずっと日記を付けていた。寝袋に入るといつも取り外し式の自転車のライトを口にくわえ、暗闇でいそいそと日記を書いたものだ。その日記にはその日走った行程と出会った人、道中あったこと、自転車を漕ぎながら思ったことを脈絡もなく書いている。雨に打たれ、汗がしみこんだA5判の日記帳はページが抜け落ちてずたぼろであり、字は汚いし、書いてあることは愚にもつかない戯言なのだが、その日記を読み返すと日記を書いていた場所やその時の気持ちまでありありと思い出せるから不思議だ。スマートフォンやパソコンで書く日記には無い、実体というか、ある種の迫力がそこにはある。

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日記の一部 会えるなら言ってやりたい。記録はないが思い出はしっかり残っていると。だから心配せずに楽しめばよいと。

 思えば旅の最中、この記憶というか、思い出を失ってしまうのを酷く恐れた時期があった。カメラを持っていけばもっと鮮明に旅の記録を残せたのに、と後悔した事も数限りない。阿蘇の草千里の景色に圧倒された時、思わず売店インスタントカメラを買い、その後の九州の行程を写真に残したのだが、結局そのカメラの中身は現像されずに俺の机にずっと置きっぱなしになった。元来がものぐさなのだ。結局社会人になって実家を引き払った時、そのカメラもどっかへ行ってしまった。今も時たま思う。現像したらそこにはどんな景色が映っていたのだろうかと。草千里の滲みるような緑は上手く撮れていただろうか。真っ青な海に隆々と浮かぶ桜島の迫力を上手く伝えられていただろうか。

 次に行った旅行では祖父に借りたデジタルカメラで沢山写真を撮った。それこそ取り憑かれたように。その旅行で感じた事は、結局写真を撮っても撮らなくても、思い出は変わらないと言う事だ。写真に撮った所で忘れてしまうものは忘れるし、撮っていなくたって覚えているものはしっかり覚えている。思い出は、写真に撮ったから残る様な簡単なものではない。旅行の実体の伴った写真は後から見返すとほんの一部であり、大多数はただの写真としてしか入って来ない。

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西伊豆 仁科峠 カメラを持っていった南関東の旅行で心底感動した景色の一つ 

 旅行の最終日、垂水から90kmひたすら漕いで大泊に着いたのは夕方であった。深紅の夕日が開聞岳を照らす。

 大泊から佐多岬までは佐多岬ロードパークと呼ばれる有料道路を通らねばならない。しかし時間が遅かったからかもしれない。ゲートはなんと閉鎖されていた!途方に暮れたが選択肢は一つだった。荷物を満載した自転車をエッコラと持ち上げ、腰ほどの高さのゲートを超え、追っかけてくる人はいないかと後ろを何度も確認しながら自転車を走らせた。そこはヤシの木が並び、密度の濃い木々が鬱蒼と茂る南国の別世界であった。つるっとした宗谷岬とは大違いだ。アップダウンをいくつも超えて佐多岬に着いた時、日は既に落ち、真っ赤な空は徐々に色を失いつつあった。

 そこに達成感はあっただろうか。感慨はあっただろうか。少しはあったのかもしれないが、もう覚えていない。多分着いた瞬間日本縦断をやり遂げたなんてことはどうでもよくなったのだろう。思い出すのは、今まで一心不乱に佐多岬を目指してきた中で出会った人であり、景色であった。ようやく到着したゴール地点で、目の前の岬より今までの過程に思いが向くのも皮肉な話かもしれないが、人生とは万事が万事、こうなのかもしれない。

 ホテル佐多岬に着いた時には既に日は暮れていた。今日はホテルの前にある大泊キャンプ場で眠るのだ。ホテルの温泉につかり、客が一人もいないホテルのレストランでから揚げ定食を注文する。レストランの店長はから揚げを運んできて、どこから来たので?と言った。俺が稚内から来ましたというと、店長は右腕を垂直に、左腕を斜め下に伸ばし、掌をひらひらさせてにっこり笑って言った。ほう、日本の端から端まで、それは御苦労!

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 その晩酷い嵐だったことを覚えている。風の唸りと時たま顔にかかるしぶきで夜中によく起きた。何回目かに目が覚めると目の前の海が夜明けの光の中優しく波を打っていた。荷物をまとめバス停に向かう。今日は自転車をばらし、バスに乗って鹿児島空港に向かう。いよいよ家に帰るのだ。

 鹿児島空港から家まではあっという間だった。今まで随分遠い所にいたような気がしたが、実際は飛行機で1時間足らずの所を自転車でえっちら漕いでいただけだったのだ。10月の東京はすっかり涼しくなっていた。午後の光を浴びながら京急の車窓からぼんやり東京の景色を見ていると、この旅行が全て夢だったような気がした。家に着くとパソコンから目を上げた母があらおかえりと言った。

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後日撮った自転車の写真 荷物を満載してた為ホイールのスポークはしょっちゅう折れた

 

血と硝煙と煙草が臭い立つ 猛き箱舟 船戸与一【徹夜本】

冒頭は冬の南アルプス。五人の高級官僚と特殊民間人を殺し雪山に潜伏するテロリストを追う警察の特別行動部隊。このテロリストは12発の銃弾を喰らっても尚、銃弾を雪山に打ち込み底雪崩を引き起こし、カモシカを殺し囮として川に投げ込み雪山を逃げ続けるとんでもない奴だった。

猛き箱舟 上下巻セット

猛き箱舟 上下巻セット

 

物語はその一年半前から始まる。一人のチンピラが酔ったフリをして憧れの人に近づき取り巻きにボコボコにされる。チンピラの名は香坂正次。

大事を成したいという痛い幻想を抱くただのチンピラニートだった香坂が、一年半という驚くべき短期間でなぜ鬼神の如く強くなり、会った人全てを心の底から震え上がらせる死霊の様なオーラを身に纏うに至ったか。およそ1200ページにわたり血と硝煙と煙草の臭いをぷんぷんさせながら、息もつかせぬ勢いで話は進む。

憧れの男、隠岐公蔵の部隊に組み入れられ、マグレブ西サハラ)地域にある日本企業の鉱山をポリサリオ解放戦線から守るため、香坂は仲間と共にマグレブへ飛ぶ。大事を成す人間となる為、本物の歴史のうねりを身をもって感じる為、そして何より隠岐公蔵の様な一流の人間になる為に。そこにどんな悲劇が待っているとも知らずに。

舞台がマグレブに移ってからは香坂の一人称が続く。臨場感は圧倒的だ。渇ききった純白の砂漠、一面に広がる星空、これらの舞台背景が鮮明に浮かび、登場人物達はそこで生き生きと暗躍する。次から次へとやって来る死線、通底流の様に流れる緊張感。裏切り、絶望、恐怖、そして愛。小説が漫画を、そして映画さえも超えてみせることを改めて実感させられる。

もともとは電車通勤の暇つぶしにiphoneで読む為kindle版を買ったのだった。読み始めてからは会社でも家でも先が気になって仕方がない。家に帰ってからkindle端末で一気に読んだ。一度流れに呑み込まれたら徹夜必至の極上冒険活劇。少し血腥いので苦手な人は要注意。

実話だと勘違いさせる凄み アリー スター誕生

これを観た時、実話だと思った。レディガガがデビューするまでのドキュメンタリーフィルムを本人が演じているんだと。公開時期がボヘミアンラプソディーとかぶっていたこともあったからかもしれない。

 

アリー/ スター誕生(字幕版)

アリー/ スター誕生(字幕版)

 

 

レディガガは本当にシンデレラみたいなデビューを飾ったんだなと。そりゃ、シンデレラストーリーに決まってる。この映画は”A star is born”というスーパーヒーロー誕生映画の3度目のリメイクなのだ。だから世界で一躍有名になった”Shallow”も”I’ll never love again”もレディガガの曲ではない。アリーの曲である。アリーに嫉妬したブラッドリークーパーのその後の凄まじい堕落っぷりも実話ではない。腕に擦り付けたヤクを鼻から吸ってトリップすることもなければ、アリーのグラミー賞新人賞授賞式で泥酔して舞台でおしっこしちゃうこともない。

 

ただ、レディガガがデビュー前にストリップで働いてたりするところはアリーと共通しており、それが役としてどハマりしてる理由なのかもしれない。

 

レディガガもブラッドリークーパーも歌がめちゃくちゃ上手く、歌のシーンは圧巻。実話と思い込んでいたこともあって食い入るように観た。