ちば日記

生まれも育ちも会社も千葉。生粋の千葉県民です。

玉川温泉にて

21歳の夏休みに自転車で長く旅行していて、秋田の山奥で日が暮れて途方にくれたことがあった。行けども行けども山道で、夕飯を食べるところも寝床になりそうなバス停もなく、九月下旬のしんと冷えた山道を一人自転車を漕いでいる時に玉川温泉郷に行き着いた。気温わずか10度しかなく、日暮れの山あいの青っぽい空気の中、湯気がもうとうと立ち込める異様な空間が突如現れた瞬間を今でも思い出す。

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玉川温泉は相部屋素泊まり4000円で、もう1ヶ月も湯治で滞在している二人のおじいさんと六畳一間で寝たのであった。基本的に宿泊者は自炊なのだが俺は自炊の道具も持ってなく、そこにはレストランもなく、ただ閉店間際の売店カップうどんが売っているのみであった。総檜の立派な強酸性の温泉に入りカップうどんを食べる。温泉は入った瞬間身体中がピリピリして入ってられませんでしたというと、部屋のおじさんは、それだけど効能は凄いんだよ。時間があれば岩盤浴にも当たればいい、と言って笑った。

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 72時間ドキュメンタリーというNHKの番組を見た。そこでは玉川温泉の特集をやっていて、それは玉川温泉に72時間張り付いてそこにいる人たちにインタビューする事で、玉川温泉がどういう場所かを浮き彫りにするという内容であった。番組によれば、温泉で湯治をしている人達の中には癌で余命宣告をされた人や、難病で医師から見放された人が相当数いるのだそうだ(当然健康な人もいる)。
 10年前に湯治の場と聞いた時、怪我の早期回復や関節炎やリュウマチの治療など、一般的な温泉の効能を思い浮かべていたが、まさかそんなに深刻な人々が集う場所とは知らなかった。五十歳位の女性が岩盤浴にあたりながらインタビュアーに言った。

末期癌と宣告されて、余命も告げられました。玉川温泉には一人で来てます。子供の成長をまだまだ見届けたい。一週間ここで頑張れば、家族と過ごせる時間が1ヶ月伸びる。そう考えればここに一人でいても頑張れます。

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10年前にふらりとそんなところに立ち寄って、一緒に過ごした人達を軽率な発言で傷つけてなければよいと思った。